2019.1.10木

 〇仕事の前に後楽園に行き、ようやくバッドアート美術館展@ギャラリー・アーモに入る。無名の素人画家による下手だけれども魅惑的な絵画ばかりを収集したアメリカの個人美術館の所蔵作品展。今でこそ寄贈された作品が多いようだが、フリーマーケット等で叩き売られていたり、ゴミ捨て場に廃棄されていたところを拾って来たりしたものも数多く含まれていて、作者の来歴もよくわからなかったりする。普段はボストンの映画館の地下スペースに展示されているとのこと。
 とても素晴らしかった。110点も来日したそうだが、どの作品も曰く言い難い魅力に満ち溢れている。一種のアウトサイダー・アートなのだが(ただし、日本ではアウトサイダーの語が差別的だと誤解されがちなので、この展覧会ではその言葉は周到に避けられている)、偏執的な細部へのこだわりはあまりなく、シュールだったり、下手ウマだったり、突拍子もないコラージュ的な奇想ぶりが存分に楽しめる。やはり何事につけても、一生懸命にやるということは、人を感動させるものだと思う一方で、それでも狙いを外してしまう愚直さに、不思議な感銘を受けたりもする。自由に写真撮影してもよいとのことなので、気になった作品を、手持ちのデジカメで次々と撮りまくった。自分でもひどく絵を描きたくなる。すごく元気になった。
 いちばんのお気に入りは、スウェーデンのシェル・ヴァルデマール。
 それにしても、バッドアート美術館って、微妙な重語表現だな。いちばん近い日本語を探すなら、ヘタウマ美術館になるだろうが、少々あからさまなので、さらに意訳して、ヒドウマ美術館なんてどうだろう。あるいは、MOMA(近代美術館)の向こうを張ってMOBAと名乗っているのにちなんで、変大美術館とか(偏大・辺大もいい)。もしくは、問題美術館とか。 でも、よくよく考えてみたら、まさにこの重語的破格さこそが、バッドアートの魅力かもしれないとも思い直した。