2018.11.26月

 〇昨日に引き続き、朝から、別のはとバスツアーに行く。今度は一人で、房総半島をめぐるコースに参加する。はとバスの創立七十周年記念コースとして特別に企画されたもので、絶景・鉄道・グルメ・工場見学と、盛り沢山の四本立て。前に予約していたイルミネーションのコースは集客不足のために催行中止となってしまったので、個人では行きにくいような所を選んで、急遽決めたものだ(イルミネーションに一緒に行くつもりだった母は、予定が合わなかったので、昨日の工場夜景の方に、半ば強引に連れ出してしまった)。
 ところが、行ってみて驚いたのは、参加者が十名しかいなかったこと(そのため、バスはゆるやかな自由席になる)。本来ならまたもや集客不足で中止になるところだが、おそらく見学をお願いしている工場との関連で、気軽に中止することができなかったのだろう。これは幸いだった。また、川崎夜景とは違って、今回は女のガイドさんの他、男の添乗員が付いていた。その人はかなりのベテランで、目的地の貴重な情報を毒舌を絡めてしゃべっていて、割りと面白かった。過度の期待をされて幻滅されるよりは、その方がよほどいいのだろうなと感心した。
 昼食には、ブレンド牛の焼肉をいただく。何しろ人が少ないものだから、一人参加の男の人と二人で、十人以上入れる大きな部屋を宛てがわれてしまう。食事中、彼は仲居さんに料理が美味しいと話しかけていたが、僕はほとんど黙っていた。そして、お互い何も話さないでいたが、仲居さんもいなくなり、食べるものもなくなってしまうと、どうにも気まずくなったので、こちらからいろいろと話し出した。すると、彼は堰を切ったようにしゃべり始めた。彼は工場見学マニアで、それがメインのはとバスツアーに何度も参加している人だった。「こちらは旅行券を消化するため来たんですけど、工場見学は楽しみですね」くらいのことは言った(前段は余計だったね)。そんな会話をして、話はそれなりに盛り上がったと思っていたら、彼は僕のことを、相当話し辛い気難しい人だと感じていたらしい。大分後になって、彼は添乗員に向かって今日のツアーの感想を述べていたが、「はとバスさんは一人で参加し辛いのが難点で、バスは電車と違って、見知らぬ人と相席になった時、話せる人が来るとは限らないからだ」と言っているのが聞こえて来た。
 僕が最初ずっと黙りこくっていたのが大きいと思うが、そうなってしまったのは、料理にドン引きしていたからだ。出て来たのは、大変見事な霜降り肉ばかりで、美味しいことは美味しいのだが、脂の塊を食べているみたいで、僕にはしつこくて仕方がなく、たくさん食べるような代物とは到底思えなかった。そんな風に辟易しているところへ、横から「美味しい、美味しい」と絶賛してくるものだから、何とも苦々しく感じてしまい、とても口を挟む気にならなかった。昨日のビュッフェといい、今日の霜降りといい、今時の普通の人は、こんな食事ばかりをし、あるいは望んでいるのかと思って、正直ぞっとした。このために、どれほどの労力やエネルギーが費やされていることだろう。もちろん、それも一つの文化には違いないが、だからこそ、現代人はめぐりめぐって、成人病や環境問題に苦しみ、足をすくわれることになるのだ。だから、その時は、お世辞にも愛想よくできなかった(今から思うと、それでも、もっと冷静になって、「年を取って脂身は受け付けられなくなった」とか「カルビよりロースの方が良かった」などとでも言えればよかったのだが)。
 その後は、本コースの目玉である工場見学。新日鉄住金の君津製作所に行く。溶鉱炉や製鉄技術についてちょっと知りたいと思っていたので、なかなか勉強になり、面白くて、このツアーに参加して本当に良かったと思った。ただし、正直に言って、所々に生煮えのような歯がゆさを感じなくもなかった。このツアーは会社側で全ての段取りがギチギチに決められていて、見学希望者は企業PRを兼ねた説明を一通り聞かされ、ベルトコンベアー式の流れに従うだけ。また、バスに乗車したまま工場内を周遊して、配管だらけで奇天烈な外観の建造物群をつまみ食い的に講釈付きで眺められることを除くと(それはそれで十分楽しいし興味深いが)、実際に工場の内部に触れられるのは、十分にも満たない巨大高炉前の降車(写真撮影はここしか許されない)と、十五分余りの厚板製作工程の内見だけなので、思ったよりも呆気なくて、多少の物足りなさを覚えてしまう。比較のためにも、もう一ケ所くらい、別の工程の現場を見せてくれたらいいのに、という不満も募る(工場見学マニアの人も全く同じ不満を述べていた)。もちろん、商売第一で、企業秘密もあるだろうから、本来なら入れてもらえるだけでもありがたいことだし、また、工場見学は広く一般にも開放されていて、別の現場の見学コースもあり、個人でも申し込めるようだから、何度も足を運べば、いろんな部署を見て回ることは可能かもしれない。ただし、やはり企業PRを含んだ長い前置きと、最後に戻って来てからの質疑応答、車による工場内周遊、そしてインパクトのある巨大高炉前降車と、ランダムに選ばれたどこか一ケ所への見学という風に、手筈がきっちり整っているらしい。
 驚いたのは、製鉄には大量の石炭が欠かせないということだ。鉄(銑鉄)は、鉄鉱石・石炭・石灰を、溶鉱炉(高炉)で高温で混ぜ合わせて作る。鉄鉱石から不純物を取り除くため、さらにはすぐに酸化してしまう鉄分から酸素を取り除くために、石炭や石灰が大量に使われるわけだ。要は、Oを除くのに、Cを使い、CO2にして外部に放出しようという寸法だ。今時、石炭の需要なんかないのかと思っていたが、とんでもない話で、製鉄をする限り、大量の石炭が蕩尽される。石炭とは、古代に絶滅した巨大シダ植物が炭化した化石で、現在の生態系は、膨大な炭素がそうして地中に固定された後に、ようやく完成されたものだ。だから、石炭を燃焼させ続けると、大量の二酸化炭素が大気中に放出され、現行の生態系の循環を乱すことに繋がる。こうして人間は産業革命以来、一通り安定した地球環境を変化、あるいは破壊してきたのだ。この状況がいまだに続いていることを考えると(中国などはますます膨張策を執っている)、どれだけ長い期間をかけ、どれだけの炭素が固定化され、そして切り崩されているのかと思って、すごく気が遠くなってしまう。
 短時間ながら、厚板加工の過程は素晴らしかった。視覚的にも、とても美しい。かなり高い位置からの俯瞰で、こちらの方が言わば神の視点に立っているのだが、印象は全く逆。赤く発色した鉄板が、たちどころに酸化して、黒い煤が付くのを直ちに洗い流されながら、ロール上を滑り、機械に吸い込まれて引き伸ばされていくのは、何とも神々しく、いつまでも見ていたい気分にさせられた。先日の川崎工業地帯での余剰ガスの噴射炎と同様、結構離れているのに、接近すると熱波が皮膚に伝わって来るのも、誠に神秘的だ。もっとも、工場の案内をしてくれた担当者には、そんな感慨はまるでなく、技術的な解説を済ますと、スケジュールをこなすが如く、そそくさと先に進んで行く。その点で、常に主導権を奪われるから、見学者はそんなに神の視点に立てるわけでもない。
 また、ここでもやはり、川崎工場群と同様、人気という人気が全くないというのが、すごく印象に残る。辺りが異様なほど森閑としている中を、鉄塊だけが変形しながら、断続的に音を立て、独りでに進んで行くという光景は、神々しいと同時に、不気味でもある。技術的な革新のため、全てが自動化されていて、わずか数人の監視者しか必要ないらしく、従業員の数も大幅に減らせたらしい。ここには、人間の労働する姿はない。本当はそんなことはないのだが、労働は静かに隠蔽されていて、それで良しと思われている。技術だけは進んで、鉄はどんどん出来るが、人間や労働はどこかに追いやられて、全く見えてこない。美しくはあるが、ひたすら巨大な何かに全てが押し流されていくという感じがする。何のための人間、何のための労働か。会社側の思惑とは違って申し訳ないが、現代社会の袋小路を見せつけられているようで、少々気が滅入ってしまった。
 帰宅してから、軽く食事をしたが、しばらくすると、急に気持ち悪くなり、食べたものを吐いてしまった。酒が入らずにもどすなんて、子供の時以来だ。僕の肉体は粗食に出来上がっているのか。それとも、今日の体験が神経に触ったのだろうか。