2018.12.24月

 〇水道橋のバッドアート展に行く予定を立てていたのだが、国立近代美術館の「アジアにめざめたら」展が今日で終わりなのに気が付いて、急遽そちらに行くことにする。昔の映像作品が多く出品されているようだったので、ずっと気になっていたもの。
 竹橋の近美では近年、映像作品の展覧会を多くやっており、そのほとんどに僕は通っている。多少の発見があることを期待して行くのだが、大抵はうんざりさせられることが多い。というのも、こうした展覧会では往々にして、映像作品をじっくり鑑賞できるような展示スタイルになっていないからだ。確かにウォーホルの「エンパイアステートビル」のように、いつまでも観ることを前提にしているわけではない作品ならまだいいが、必ずしもそうとは言えない作品までもが、通りすがりに一瞥できればいいと言わんばかりに等し並みに扱われていて、画質の悪い小さなテレビ画面に垂れ流されているとか、そんなに暗くもない壁の平面に複数投影されているとか、大概そんな感じでいやになる。時にはじっくり眺められるように椅子が置いてあったりもするのだが、いくつもの作品を寄せ集めてのループ上映だったりして、観たい作品にはすぐアクセスできなかったりという不便もある。そのため、いろんな作品をきちんと観ようとすると、気力も体力もいるし、ひどく時間を食ってしまう。元々映像作品は時間に常に拘束されるのが難点だが、これをいとも簡単に足蹴にできるのは、ほとんど冒瀆ではないか(その点、恵比寿映像祭には多少の配慮は感じられる)。もちろん、拡張映画が主張するように、映画館の鑑賞スタイルの枠組みを再考する契機だと考えてもいいし、一期一会の出会いを慈しんでもいいのだが、おそらく主催者側の本意はそこにはなく、単純に予算とキャパの問題なのだろう。特別に推すものに対しては、一応の配慮がなされているようだから。
 今回の展覧会も基本的には同じで、きちんと観ようとすると、気力・体力が要求される。しかし、一つすごい作品があった。ニック・デオカンポ「オリバー」(1983)。マニラのゲイ・クラブで働く男娼を撮った8ミリのドキュメンタリーで45分の大作(ドキュとしては小品だが)。この作品に出会えただけでも、この展覧会に来た甲斐があったというものだ。
 デオカンポと言えば、国際交流基金が発行した小冊子によると、最近ではフィリピン映画における外国映画の影響を論じた大著を三冊上梓したことでも知られる映画史家だが、ゲイ・アクティヴィストの映像作家としてもそこそこ有名で、日本の第1回LG映画祭でも、ひどい画質だったが、彼のドキュメンタリーが上映されたことがある。しかし、こんなに素晴らしい作品を撮っていたとは全く知らなかった。当時、どうしてその情報を得られなかったのかとも思うのだが、それはおそらく8ミリのオリジナル・プリントが一本しかないプライベート・フィルムみたいなものだったからだろうか。だとすると、デジタル化の恩恵を受けているわけだ。
 前半では、主人公オリバーの貧しい生活状況と希望が語られる。両親は出て行ってしまい、祖母と幼い弟妹たちを養わなければいけない身の上。妻も子供もいる父親なのだが、ヌードダンサーとして裸体をさらし、外国人の金持ちに体を売って、日銭を稼ぐ日常。本人だけではなく、妹や寝たきりの老婆のインタビューも交えつつ、綺羅びやかなヌードダンスが挿し込まれる。全身に銀粉を塗ったくったレトロな宇宙人風の奇抜な格好のダンスに度肝を抜かれるが、ラストシーンに置かれている「スパイダーマン」と呼ばれるショーにひどく心を奪われた。透け透けのパンツ一丁で尻に仕込まれた糸巻から糸を出しながら、舞台上を這いずり回って、柱や椅子などに糸を引っかけながら、巣のようなものを作っていく。次第に糸が絡んで、纏わりついていき、身動きができなくなる。最後に、全てを断ち切って、終わり。もちろん、ヌードショーだから、ずっと卑猥に動いているわけだが、自分の居場所を作りながらもそれに絡み取られているような状況を美しく表現して、全く素晴らしい。前半のインタビューとも見事に呼応している。以前にドキュメンタリー映画で観たピュ〜ぴるのパフォーマンスも良かったが、こちらの方がより深遠で考えさせられる。本編でも触れられているが、リノ・ブロッカが絶賛したというのも頷ける。よくぞこのシーンを記録してくれたものだと思う。
 気になるのはその後だ。素晴らしいドキュメンタリーを観た時に往々にして感じる不満は、すごい状況を映し取って置きながら、扱われた内容のその後が全く描かれないことがあるということだ。「全身小説家」や「禅と骨」みたいに、主人公の死によって内容的にほぼ完結してしまった作品を除くと、現実を置き去りにしたまま、作品として完結してしまうということがままある。柳沢寿男の「夜明け前の子供たち」は傑作だが、続編があるわけでもなく、映画に登場する障害者や施設がその後どうなったのか、気になるのに、まるでわからない。この作品でも続編があるのか知らないが、オリバーやその家族はその後どうなったのだろうか。当時の時代状況からして、彼はおそらくエイズになって、若くして亡くなったのではないかと思うのだが、どうだったのだろう。気になって仕方がない。